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ココロの森

ココロの森

イタリア珍道中 ~プロローグ(NEW)~

   1. プロローグ (1998.10.17)




 出発の日は雨だった。
 低くたちこめた黒い雨雲は、何やら不吉な予感がする。

  今回 イタリア ローマ・フィレンツェ7泊9日の旅を共にするのは
 やまだ花子(仮名)。カレシいない歴26年。広告デザイナー。
 海外旅行は今回が初めて、というオンナである。
 2,30分の遅刻は当たり前、という大の遅刻魔で 
 かなりいい加減なオンナである。
 おまけに足がくさい。

 私も結構、大ざっぱでいい加減なオンナであるが、足はくさくないし、やまだのいい加減さには月より遠く及ばない。

  この旅は5年以上も前から2人で夢見ていた芸術の都への美術館巡りの旅である。
 この一週間の滞在で、ローマとフィレンツェの名だたる美術館や教会の、
 溢れんばかりの芸術作品を見つくそうという壮大な計画を打ち立てたのは、ほかならぬやまだだった。

  本当は3年前にこの旅行は既に企画されていたのだが
 その時はやまだの何とも不可思議な訳のわからぬ理由で申し込み直前にドタキャンになった。
 「ホントに行く気あるの?」
 と 私はかなりムッとしたものであるが
 「あります!本当です! 絶対、行きたいんです!」
 と目に涙をためて雨に濡れた子犬のように切なげに見つめるやまだ。
 それならば致し方ない、と再度気合いを入れ直し 今回ようやく実現の運びとなったのだった。



  やまだのはしゃぎようは、端から見ているだけでも微笑ましかった。
 一年前から教育テレビの講座でイタリア語の勉強を始め、
 ミケランジェロの画集やらキリスト教の本を何冊も買い込み
 名画の前に立ったときの下準備に余念が無かった・・・かのように見えた。
  私の方はといえば 過去の海外旅行で片言の英語すらままならず言葉に苦労した経験から
 一からイタリア語をはじめるよりは 下手な英語を少しでもまともに、と
 英会話を勉強しなおすことにした。
 ローマ・フィレンツェだけなら英語で十分通用する。
  しかし、やまだは違った。
 「藤紫さん、やっぱりイタリアに行ったらイタリア語ですよぉ。
  その国の言葉を話せたほうが 絶対楽しいって!!
 ね!一緒にイタリア語やりましょうよ!!」
 
  何回も説得されるうち「それもそうかな?」と思い始めた私は
 遅まきながら旅行半年前のこの4月からラジオ版イタリア語講座を始めた。
 さて勉強を始めると、イタリア語は思っていたよりもずっと難しく
 とても講座の謳い文句通り 半年で片言会話など出来そうにない。
 『よかった。やまだが早めに勉強しておいてくれて。
 多少難しい表現はやまだにまかせればいいわ…』と思ったものだ。

   そして旅行を7日後に控えた先週の土曜。
 私が「やまだ、イタリア語の練習しようよ!」
 と誘うと
 「うん!やろうやろう!!」
 と妙にノリノリのやまだ。彼女が勉学にこんなに乗り気なのはたいそう珍しいことである。
 よしよし。旅行目前、復習にも余念がないのであろう。
 「じゃ、まず基本からね。『これを下さい』は?」
 「え?・・・えーっと・・・えーっと・・・何でしたっけ?」



 ____そしてそのまま、出発の日を迎えたのだった。




  出発当日、待ち合わせは朝6時頃。
 旅行の時だけは 何故か30分前に待ち合わせ場所に到着し、早々と待ち構えているやまだとともにJRに乗り込み、成田に到着した。
 「なんで旅行の時だけは いつもとんでもなく早いわけ?」
 と問う私に
 「いや、飛行機乗り遅れたらシャレになんないんで 寝てないんですよ」
 と視線を宙に漂わせながら呟くやまだ。
 …その気合い、爪の垢ほどでも普段の待合せの際に用いるようにしてはくれないものであろうか?



  ボケボケで視線のイッちゃってるやまだを引き連れ、旅行会社のカウンターに向かう。
 ここで飛行機のチケットなどを受け取るのだ。
 今回往復で利用する飛行機はアリタリア航空(イタリアの航空会社)のローマ直行便。
 多少他のツアーより値が張ったが、乗り換えもなく便利なので、このツアーを選んだのだ。
 しかし、ここで旅行会社の御兄様は信じられないことに
 ニコニコ微笑みながらとんでもないことをおっしゃる。
 「えーっと、藤紫さま、やまださま。ローマまで2名様ですね。こちらが行きの航空券になります。
  何故4枚あるかと申しますとですね、実はミラノ乗り継ぎになりまして。。。」
 ・・・は?
 固まる私達。今回のツアーは添乗員のいない、フリーパックなのだ。
 一度も訪れたことの無いヨーロッパ大陸で、
 しかも英語もままならない私達に一体どうやって乗り換えをしろというのだ!
 するとそれを察した旅行会社のお兄様、今までの営業スマイルを更に30%ほど上乗せして微笑む。
 「・・・いえいえ、御心配なさらなくても大丈夫です。
  この飛行機にご搭乗されるお客様はローマまで行かれる方が大半ですから、
  皆さんの後ろについていけば、ちゃんとローマまで辿りつけますよ」

 ニコニコニコニコ

 ・・・

  ・・・ホントかあ?ホントに大丈夫なのかあ?
 何年か前もニューヨークに行く途中、デトロイト空港で乗り継ぎしたことがあったけど
 その時なんか添乗員に
 『到着が遅れましたので乗り継ぎ時間が30分しかありません!
 皆さん すみませんが走って下さい!!』
 って言われて、大変だったんだぞ!。
 しかも今回は頼みの綱の添乗員さんがいないんだぞー!!

 疑念を隠しきれない私の眼差しを受け
 旅行会社の御兄様は更に重ねて乗り継ぎについての詳しい説明を加えてくれた。
 ふむふむ、なるほど。向こうでの乗り継ぎにかかる時間や経路も教えてもらった。これなら何とかなりそうである。
 やまだも熱心に説明を聞いている。3歩歩けば忘れてしまうトリ頭でも、ふたりいれば何とかなるであろう。

 「では、お気を付けて!行ってらっしゃいませ!」
 というお兄様の言葉を背にうけて、私たちはローマへ向けての第一歩を踏み出した。



  さてさて、これからどうなることやら・・・




              第1話『入国手続き直前 やまだ失踪』につづく・・・




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